2012年1月23日月曜日

買った

Korn "The Path of Totality"

嫌いとまではいわないけれどちょっと物足りない感がある.Korn に求めるのは,もっとエグい音なので,このアルバムは,僕にとっては,あまりにもゆるゆりすぎる.展開と気持ち悪いテンション音はさすがに Korn だし,そもそも,ジョナサンの気持ち悪いボーカルとフィールディー様の絶妙なリズムがあれば間違いなく Korn そのものなんだけれど,それでもちょっとゆるゆりすぎるかなぁ……という感想.もちろん,曲単位では好きな曲もあったけれど…….

前作が,音を無駄に粗野かつガサツにすれば格好いいと思い込んでるクソ野郎ことロスロビのプロデュースであったわけだけれど,それでもなお,個人的には泥臭さがここ数作の中では際立っていたこともあって好きだった(その前の 2 作の路線にやや食傷気味だったってのもあるけれどw).今作は明らかに,系列としては,"See You on the Other Side" とか "Untitled" の後継にあたるんだろうけれども,この 2 作と比較しても,かなりのゆるゆり度を誇っている.……というか,前の 2 作は実験として悪くなかったと思っているし,ノリ自体は好きなほうなので,今作はバランス感覚を失した感が拭えないかなぁ…….

……というか,単純に色んな人とコラボレーションしすぎた結果,全体が散漫になっただけのような気もする.

買った

「放課後ティータイム in MOVIE」

映画のライブシーンと同じ構成ということが発覚したので購入.やっぱり何度聞いても,「ごはんはおかず」の唯の暴走部分はかっこよすぎる!

「特撮 復活ライブ 2011!5 年後の世界」

なんとなく衝動買いしてしまった…….でも,エディーの音が気持ちよかったのでおk.

2012年1月19日木曜日

ブクログ

ブクログで文献整理をはじめてみました(この日記の右サイドバーからどぞ).

とりあえず,いまのところは自分のもってる学術書の整理をメインに考えているので趣味の本は本棚にはぶち込んでいません(し,今後もぶち込む予定はありません).

いちおう学術書に関しては全部登録してひとことくらいずつレヴュウコメントを残そうと思っているのですが,思いのほか冊数が多くて,現状はバーコード読み込みから登録できた本しか並べていない上に,中途半端に☆をつけただけの状態で放置してあります.あしからず.

加えて,洋書に関してはほとんどの文献が登録すらできない状態なので,当初の目的(自分のアナログ文献管理)を果たせるのかどうかすら疑問です…….

まぁ,コメント付け等はおいおい,ということで…….

2012年1月13日金曜日

エーレンベルクとわたし

エーレンベルク(Christian Gottfried Ehrenberg)というと 19 世紀初頭に様々な,そして大量の微生物を非常に素朴に記載し,今日の微生物学の礎を築いた偉大な博物学者です.同様に初期の微生物学・微古生物学を担った科学者でいうと,一般的には,19 世紀後半に,アートと言っていいレベルの極彩色の多彩な生物(多くの微生物を含む)の絵画を残したヘッケル(Ernst Haeckel)のほうが最近出版された「生物の驚異的な形」などの影響で,知名度が高いのかもしれませんが(高校生物で習う反復説なんかの業績もあるし),僕のいる業界(微古生物学,地質学)に限っていえば,エーレンベルクがいなかったらそもそも学問が興らなかったという意味で非常に重要な人物です(微生物が化石として残るという概念,岩石の形成に生物 [微化石] が関与しているという概念 [例えば,映画「けいおん!」の ED で HTT メンバーが立っていたドーバーの白亜の崖が直径数 μm の化石(円石)からできているという概念] などの発見など).

……で,何故にエーレンベルクに関して長々と語ったのかというと,つい先日,某先生からエーレンベルクの図版(のみ)を見せられて,「この絵から現在の基準で種名分かる?」という無理難題をふっかけられたことで,エーレンベルクに触れたからです(詳しくはこちら).

エーレンベルク(の記載)自体は,僕の専門である渦鞭毛藻および渦鞭毛藻シスト化石の最初期の原記載者としてよく出てくる名前なのですが(記載する個体の原記載がエーレンベルクという状況),今回みたいにエーレンベルクのスケッチに描かれている個体を,そのスケッチのみから同定するというのははじめての経験だったので(というか,普通にあり得ないw),ちょっと印象に残ったのでした.

大まかな外形からエーレンベルクが Peridinium 属として記載しているであろうこと,僕の知る限り Plate 配置と外形とエーレンベルクの記載した種がどういう扱いになってるかという知識から Palaeoperidinium 属にあたりをつけて,記載を総当たりしたら思いのほか早く種名を特定できたので,仕事としてはかなり楽な部類でしたが……(とはいえ,dorsal side のみしか描かれていない,分類に重要な archeopyle が不明瞭,そもそもスケッチが逆さまなんて代物でしたが).

ちょっと驚いたのが,エーレンベルクのスケッチの正確性.素朴ゆえに確実に見たものをそのまま描いている感じが素敵でした.

ちなみに,このお仕事のお礼はその先生がエーレンベルクのコレクションの再検討プロジェクトに関わったときに作ったモノグラフでした.普通に過剰報酬でありがたかったw

2012年1月6日金曜日

ピザ新年会

私の所属している教室で,「ピザ新年会」という,私のようなデブのためにあるような会が催されたので,参加してきました.

世の多くの業種と変わらず,学校という組織でも仕事始め自体は 1/4 なのですが,冬休みという実態の伴わない学生の休暇が 1/5 まで設定されているため,なんだかんだで教室の人員の多くが顔を揃えたのは今日になってからでした.

会自体は,のんべんだらりとはじまり,だだらに終わりました.私は,指導教官殿とアニメと特撮の話なんかをだらだらしたり,今年になってはじめてあった後輩をからかったりしていました.

……そんなわけで,本格的に今年も始動したので気合い入れていこうかと思ったり思わなかったりしています.

2012年1月1日日曜日

2012 年も明けましたので

おめでとうございます.本年もよろしくお願いします.

……今年はコンスタントに更新していく所存です.

2011年12月31日土曜日

2011 年

今年もあと 20 時間を切りましたね.そんなわけで,毎年恒例というか,まぁ,年の区切りに,ということで,今年をざっと振り返ってみようかと思います.

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1 月.

2010 年度で学位を取らないことが決定したので,最後のデータだしをがんばっていたような記憶があります.とても便利な時系列データ蓄積所である Twitter を振り返ってみると,学位取得遅延が決定した直後のネガティブさに比べると精神が安定している様子が伺えます.あと,どんだけ「まどマギ」にハマっているのか,とw

……そして,懐かしいな,この位置の机…….

あと,こんなこともしてた.平和な風景だなー.

あと,新燃岳の噴火もこのころだったかー.

2 月.

本来の予定では, 3 月末に原稿提出→ 6 月学位取得という流れであったため,この時期は原稿に集中していた気がします.そして,英語原稿書きになぜかよくハマったのでレゲエばっかり聞いていた気がします.

この月に New Zealand で地震がありました.クライストチャーチは中学のときにホームステイで New Zealand に行ったときに飛行場だけ経由したことがある都市だったので,ちょっとショックを受けた覚えがあります.

この頃は平和だったなぁ……(しみじみ).

3 月.

前半は D 論の原稿に集中していました.うん.ちょうど,「今週中に結果まで書き上げて師匠に添削を頼もう」とか思って,化石の検討結果(数値データ)を色々といじっていた頃だったような気がします.

んで,コレwww


このつぶやきのあと,その日の夕方に予定されていた後輩の追い出しコンパのお金を下ろしに行こうとして,途中,トイレに寄ったところであの震災に巻き込まれました.当時の詳しい状況は,絶賛更新遅延中の被災記録でご覧ください.

この震災のあと,3/15 に仙台を脱出して,札幌にて北大に潜伏して D 論の執筆を続けました.

学生の身の上では仕方のない事態だったとはいえ,8 年も在籍していながら学位論文だけを母校に提出しない,という暴挙をおかした学生を暖かく受け入れて下さった北大の先生方には本当に頭が上がりません.割りとマジで.

なお,震災直後の僕の居室はこんな感じでした.

あと,僕の居室の地震真っ最中の動画(後輩撮影).途中で,僕の声(通路断裂云々言っているやつ)が入っていますが,めちゃくちゃ震えているのがリアルですw まぁ,これを見返すと,未だに,ちょっと恐怖が蘇りますがw

4 月.

学校が閉鎖されたため,初旬まで北大に潜伏していましたが, 4/6 に小樽−新潟便で仙台に帰還しました.そして,帰った翌日にこんな事態続き)にwww

ある程度片付けが終わるまではバタバタし続けていた気がしますが,この時期には D 論の修正作業に入っていました.そして,9 月卒業が決定したのもこの時期だったような気がします.

5 月.

震災のお片づけもほぼ終わった時期.いや,本当はこの後も長らく戦いが続いたのだけれど,いちおう.

震災でみんなが書棚の整理をしてくれたおかげで,自分の本棚が充実したりしましたw

あと,この程度にはネガティブだったようですw

6 月.

D 論の最終追い込み時期.月末に予備審があったらしい.

7 月.

こんなことやったりしていました( http://twitter.com/#!/yuri_kreta/status/89334396481585152
http://twitter.com/#!/yuri_kreta/status/89352769621860352 ). これは,真面目にビビったなぁ…….

7/11 に D 論の一次提出だったようです.

あと,本審査前にこんなことやっている余裕はあったらしい.

7/25 に D 論が査読から帰ってきている.

8 月.

8/1 に D 論本審査,8/10 に D 論の最終提出があったらしいです.正直,この時期の記憶は曖昧なので,Twilog を漁りながら,「こんなことあったなぁ……」という印象です.

あと,この月から博物館の勤務がはじまりました.

9 月.

この時期もかなり記憶が曖昧です.なんだかんだ言って,D 論が終わって腑抜けていたのだろうなぁ,と思います.

9/8 に学位論文受理,9/26 に卒業式でした.今年は,震災からの復興を意識するために 9 月卒業の人のためにも式や祝賀会が開催されるということで,参加したりしていました.

10 月.

9 月下旬から 10 月上旬にかけて,博物館のイベントにかり出されていたこと,10 月中旬にフランスへの渡航準備に奔走していたこと,10 月下旬〜 11 月のはじめまでフランスに行っていたことは覚えています.

8 月〜9 月に腑抜けすぎていた心がフランス調査を境に復帰できたのがラッキーでした.ポスドクとしての立場に目覚めたり,震災以来揺れていた自分の将来という漠然とした何かに対して,あるきっかけで吹っ切ることが出来たのもこの時期だったかと…….

11 月.

本気出してたw

この時期は,卒論生,修論生をポスドクという立場で見ることで,やたらと脳が先鋭化していた記憶があります.D 論でやられすぎていて,いつもニコニコしている優しいうすらバカの Kretacea 先輩という仮面を剥いだのもこの時期かと.

12 月.

11 月が他人の面倒を本気で見ていたのに対して,12 月は自分の仕事に本気を出していました.

「Kretacea 先輩はいつも顕微鏡かパソコンに向かっている」という印象を,「Kretacea 先輩は岩石処理魔」という印象にクラスチェンジさせることに成功(たぶん).自分でも,見失いがちだった自分の研究の本道(地道に調査,地道に岩石処理,地道に顕微鏡覗き)を思い出せました.

後は論文を書くだけだ!

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……と,振り返ってみたけれど,本当に濃い一年でした.多分,自分の人生で一番濃い一年だったのではないかと思います.初筆頭論文の出版,震災,学位,ポスドク生活……思い返すと色々ありますが,とりあえず,人生的な意味ではようやくスタートラインみたいなものなので来年もがんばっていこうと思います.おー.

最後に,今年,お世話になった皆様,ありがとうございました.そして,良いお年を!