2015年1月26日月曜日

悪意を悪意で煮しめたような……

※ネタバレとか含むので閲覧注意

「ちーちゃんはちょっと足りない」 阿部共実

阿部共実先生は,だいぶ前(デビュー前)に「大好きが虫はタダシくんの」の原型を pixiv で読んで以来,やや怠け気味に追いかけていた漫画家なんだけど(インディーズ時代から応援している風.紛れもない事実なんだけれど),「空が灰色だから」の後半の少年マンガに寄せたギャグ路線があまり肌に合わなかったのと,この作品が「このマンガがすごい」に選ばれていたのでなんとなく敬遠していたのですが(※1),もっと早く読んでおけば良かったと後悔した.怪作です.

なんだろう,この悪意を悪意で煮しめたような焦げ付いた悪意を悪意をもって投げつけられたような最悪の読後感は……(褒め言葉).こんなに鑑賞後の悪寒(後味が悪い,とも違う感覚)を覚えたのは「リプリー(映画)」以来かもしれない(※2).

人間はみんなクズなんだけれど,マトモなところが全くない人間もいない,という感じで,登場キャラが総じてクズばかりなのも逆に清々しい(姉ちゃんは他のクズっぷりと比べて相対的にクズ度低い.あと委員長・副委員長コンビは普通すぎて存在を忘れるレベル).

特に旭ちゃんのクズっぷりが本当に素敵で,端から「団地組」と一線を引いている感じとか,コトが起こったときに劇場を作って悲劇のヒロインを演じちゃう当たりとか,自分を彩るためだけに振るう正義感とか,もう,堪らなくクズな小市民的優等生過ぎて愛おしいw こういうタイプのクズって,過去にホンマモンに出会って嫌な思いをしたことがある人か,ある程度要領がよく,賢くて,自覚的にこういうキャラクターになり切れる人にしか「見付ける」ことができないんだよなー.

あと,平気で「万引き」云々言っちゃうアレな性格の藤岡の「不良がちょっといいところを見せたら皆コロッといい奴扱いしちゃう」という展開も,読者だけは素直に納得いかせない表現とかは唸らされた(※3).

全編を通して,基本的にフリがものすごく上手いな,と感じた.ちーちゃんの「ご褒美に母ちゃんのサイフから 500 円とった」とか,「世界で一番美しい二人」とか,序盤から強調されるナツのバカさ(足りなさ)具合とか .ほかにも色々あるけれど.

「団地(※4)」,「貧困(心的にも金銭的にも)」,「飢餓感」みたいな,(既に)やや前時代的な価値観で彩られた世界観でもあり,「ワープア」,「ネットの正論信奉者」,「旧来の倫理観への疑問」みたいなものが現れている「いま」を切り取れているようでもあり,確かに,「このマンガはすごい」とは思う.一巻で過不足なく完結しているのもいい.全く,面白くはないけれど(褒め言葉).

→補足

追記:妙にタイムリーなスレを見付けたので →参考


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(※1)「このマンガがすごい」のこれまでのラインナップを眺めると,これに選ばれる,ということの微妙な感じが伝わってくれると信じているんだけれど…….「オンナ」側は「君に届け」,「坂道のアポロン」,「ちはやふる」なんかの当たりも多いから良いんだけれど(「はちクロ」は名作らしいけれど読んでない),「オトコ」側のクソみたいなラインナップは,僕が根本的に「少年マンガ的なもの」が嫌いなことを差し引いてもひどいと思うのです.唯一,「暗殺教室」は面白いと思うけれど,アレは連載が終わるまで評価しちゃいけないタイプの作品だと思うしね……

(※2)「太陽がいっぱい」の同原作ものなんだけれど,「太陽〜」がアラン・ドロンが猛烈に格好いいということで全てが格好いい上にカラっと明るい,リアリティーのないファンタジーになっているのに対して,「リプリー」は,お世辞にも格好よくはない(笑)マット・デイモンが,あの無駄に高い くてクサい演技力で全力の愛憎を演じるものだから,「太陽がいっぱい」なアッケラカンとした雰囲気なんて全くない,陰湿な犯罪ものになっていて,見ているのが辛くなるレベルの作品です.

(※3)登場人物は,誰も全体像が見えない.旭ちゃんは典型的な「不良のいいところをみて」落ちちゃう側だし,ナツは「いいところ」を見るきっかけすらない(むしろ,自分の得られない幸福の象徴みたいな兄弟と仲良くしているシーンしか見ていない).

(※4)僕の世代でも「団地」に,そういう意味を持たせるような言葉が聞かれるような,いわゆる「公団住宅」はほとんどなかったけれど(僕も,団地と言えば団地(公務員社宅)の人だったし),「団地」のもつ欠乏感をリアルには感じられるような地域は,確かにあった.それに対して,ガキの時分は特段の意識はなかったけれど,中高と進学していくにつれて,環境のせいなのか,住人自身の意識の問題なのかは明言しないけれど,明らかに「住む世界」の違う人たちになってしまったのは,同窓会とかでリアルに感じられてしまったものでした.