もう,2 週間くらいに 前になりますがジャック・ブルースが亡くなりました.僕の大好きなベーシストで,ベースに熱中していた頃は,多くのロックベースキッズ同様,彼のベースラインをひたすらコピーしまくっていたことを思い出します.
もちろん,言うまでもなく,Cream 以降のプロジェクトも素晴らしかったのですが,めちゃくちゃ不仲だったと言われているジンジャー・ベイカーとリズム体をやっていた Cream 時代がやっぱり凄くて,たった 2 年の活動とはいえ,僕にとっては,やはり,この期間のベースプレイが特別に輝いている気がします.
合掌.
2014年11月19日水曜日
2014年11月1日土曜日
備忘録
取り敢えず,初参加した学会の印象とか備忘.内容に関係なく,単純な感想とか.
- 学会参加者がみんなスーツという状態が壮観.企業参加者が多いシンポジウムとかに参加する機会は,就職して以来,複数回あったけれども,ブルーカラー系の服装の人も多かったり,私服参加の人もそれなりにいたりしたので,完全にスーツだらけというのはやっぱり驚いた.
- 発表後の拍手は,どこの学会でも定着しつつあるのか,この学会では昔からなのか分からないけれど,発表後の拍手はあった.個人的には,拍手文化は定着していいと思う.そんなのしないという殺伐とした学会も好きだけどw
- 地質学と地熱(関連の学問)って近いようで遠いと感じた.同じものを見ていても,根本的に捉え方,考え方が違って面白かった.たぶん,この間を繋げるのが,今後の僕の課題.
- 凄い印象に残った面白い発表が(いくつか)あったのだけれど,それが二年前まで同じ山の上に住んでいた人たちの研究で,こんな研究が行われていたことを同じ山の上に住んでいたのに全然知らなかったのが恥ずかしかった.もっと,工学系と理学系は連携していかなきゃダメだと痛烈に感じた.こんなに近い分野なのに,完全に独立に研究が成立してしまっていて,お互いの知見を参照しあえないなんて,真に不幸だ.それが分かったことが,今回,この学会に参加できたことの最大の収穫.
- 勝手な印象として,お金儲けに直結するからこそ,企業の人はプレゼンが上手いんだろうな,と漠然と思っていたけれど,そんなことはなかった.プレゼンの上手さは,一流の研究者>官公庁の役人>普通の研究者〜優秀かつ熟れた学生>>>>>>(越えられない壁)>>>>>>企業の人,普通の学生>>練習不足の学生……というイメージ.とにかく企業の人は例外なくみんなプレゼンが下手すぎて,カルチャーショックを受けた.いやまあ,プレゼンが下手クソな僕みたいなクソ野郎に言われたくはないだろうけれど…….
- これまでも何度か聞く機会はあったけれど,やっぱり,役人のプレゼンは,出せるものは全部出す,出せないものは一切出さないし,匂わせもしない,というのが徹底していて面白い.
- 意外と聞いていないつもりだった学生時代の興味がなかった講義の内容って頭の片隅には残っていて,そんな乏しい知識からでも話が構築できるもんだな,と思った.
- 懇親会の料理が豪華で,量も多くて,いま潤っている分野は違うな,と感じたw
そんな感じ.
過渡期の違和感
昨日,学会終わりに弘前の街中を散歩していたら,妙なコスプレ(猫耳付けてたり,小悪魔的な触覚としっぽを付けてたり,顔にペイントしてたり)をした女子高生を大量に見かけて,「弘前はコスプレ JK の聖地だったのか!」とあやうく移住を決意して弘前大学の公募情報を漁ってしまったりしたのですが,冷静に考えてみるとそんなことはあるわけもなく,ハロウィンの催しが行われていただけだったようです.
ハロウィンと聞くと,僕くらいの世代だと ブギーマンが惨殺しまくるか,カイ・ハンセンかマイケル・キスクがネオクラシカルな音の洪水の中でシャウトしているか,サキュバスコスをした淫乱な女の子が「Trick or treat?」とか言ってお菓子をあげないと精液を搾り取られる的なエロマンガの印象しかなく,云われも伝統も実のところ知らない人が多いように思います.実際,海外でも,収穫祭的な雰囲気は残りつつも,ジャッコランタンを飾ったり,子供たちがお菓子をねだり歩くという民間行事のようなものであって,云われもなにもよくわからないまま,形だけが残っているものだという話も良く聞きます.
そんなハロウィンですが,ここ数年,日本でもお祭りとして定着させよう(そしてあわよくば儲けよう)という風潮が散見されます.昨日の報道によると,渋谷では警官が出動し,警備が行われる程度に大きな騒ぎがあったようです(逮捕者が出たとか,そんな報道も見ました).
まぁ,古くからクリスマス,バレンタインデイのように海外のイベントを輸入してきて,よくわからないイベントに昇華してきた歴史が日本にはあるわけで(挙げ句にはホワイトデイなどというどこにも存在しなかったイベントを捏ち上げたり),そのひとつとして今度はハロウィンが取り上げられた,という経緯はよくわかりますし,それ自体はそういうものなのだろうと理解は出来ます.また,幼稚園のイベントとかで,「よくわからないけれどお菓子が貰えるから」という理由で手作り感溢れるお化けの格好をして「とりっくおあとりーと!」なんてやっている子供たちの姿は微笑ましいとも思います.
でも,いま現在の状況の,この違和感はなんだろう?
クリスマスとかバレンタインデイは,僕が生まれた頃には既にそこにあるものだったから,違和感を覚えるまでもなかったのかもしれないし,ハロウィンもいずれは違和感なく日本の中に取り込まれていくのかもしれないのだけれど,やっぱり,なんか妙な気分を感じざるを得ません.
たぶん,この理由は,僕がハロウィンを経験しないままいい大人になってしまったことと,ハロウィンに馴染んだ子供たちがイベントを担っていないからなんだろうなと思います.取り敢えず,ごく一部を除いて,つい数年前までハロウィンの認識が僕程度(冒頭参照)だったであろう 30 代とかの人間が "自分で" ハロウィン的なイベントを楽しんでいるという事実が気持ち悪いのだと気付きました.僕らの世代は,クリスマスやバレンタインデイ,そしてハロウィンであっても,を楽しむ側じゃなくて,子供たちにそれらのイベントを楽しませる側なんじゃないのだろうか,と思うわけです.
(註: https://twitter.com/ryhrt/status/528373074547068928 )
例えば,自分の子供に仮装させたり,ジャッコランタンを作らせたり,お菓子をあげたりだとか,町内会でハロウィンイベントを企画して,子供たちが地域の家々を訪問して,お菓子を貰って廻ることで地域の密着度を上げるだとか,商店街で子供の客にちょっとしたお菓子を配るだとか,大人はそういうものを企画する側なんじゃないのか,と .少なくとも,ドヤ顔で仮装して出社したりする姿をドヤ顔で SNS に載っけたりとか,公共の場を占拠して官憲の手を煩わせたり,無関係の一般人に迷惑をかけたりとか,そういうバカなことを「これもひとつの文化交流だから」みたいな大義名分の元でスルーするのは,最終的に「ハロウィン的なイベントを日本に馴化して定着させる」ことを阻害しているだけにしか思えません.
いま,ハロウィンだとかなんとかよくわからずに「とりっくおあとりーと!」と叫んでいる子供たちが,ある程度の年になって,その子供たちに日本的に馴化したハロウィンを楽しませるくらいの時代になったら(ハロウィンで盛り上がることに慣れているであろう,いまの中高生が子供を作る頃と考えて,10 年後くらい?),こんな違和感はなくなるんだろうけれど,過渡期のいま,特に,バカな,いい年をした大人が騒いでいる姿は,なんとも見苦しいものだと思ったのでした.
ハロウィンと聞くと,僕くらいの世代だと ブギーマンが惨殺しまくるか,カイ・ハンセンかマイケル・キスクがネオクラシカルな音の洪水の中でシャウトしているか,サキュバスコスをした淫乱な女の子が「Trick or treat?」とか言ってお菓子をあげないと精液を搾り取られる的なエロマンガの印象しかなく,云われも伝統も実のところ知らない人が多いように思います.実際,海外でも,収穫祭的な雰囲気は残りつつも,ジャッコランタンを飾ったり,子供たちがお菓子をねだり歩くという民間行事のようなものであって,云われもなにもよくわからないまま,形だけが残っているものだという話も良く聞きます.
そんなハロウィンですが,ここ数年,日本でもお祭りとして定着させよう(そしてあわよくば儲けよう)という風潮が散見されます.昨日の報道によると,渋谷では警官が出動し,警備が行われる程度に大きな騒ぎがあったようです(逮捕者が出たとか,そんな報道も見ました).
まぁ,古くからクリスマス,バレンタインデイのように海外のイベントを輸入してきて,よくわからないイベントに昇華してきた歴史が日本にはあるわけで(挙げ句にはホワイトデイなどというどこにも存在しなかったイベントを捏ち上げたり),そのひとつとして今度はハロウィンが取り上げられた,という経緯はよくわかりますし,それ自体はそういうものなのだろうと理解は出来ます.また,幼稚園のイベントとかで,「よくわからないけれどお菓子が貰えるから」という理由で手作り感溢れるお化けの格好をして「とりっくおあとりーと!」なんてやっている子供たちの姿は微笑ましいとも思います.
でも,いま現在の状況の,この違和感はなんだろう?
クリスマスとかバレンタインデイは,僕が生まれた頃には既にそこにあるものだったから,違和感を覚えるまでもなかったのかもしれないし,ハロウィンもいずれは違和感なく日本の中に取り込まれていくのかもしれないのだけれど,やっぱり,なんか妙な気分を感じざるを得ません.
たぶん,この理由は,僕がハロウィンを経験しないままいい大人になってしまったことと,ハロウィンに馴染んだ子供たちがイベントを担っていないからなんだろうなと思います.取り敢えず,ごく一部を除いて,つい数年前までハロウィンの認識が僕程度(冒頭参照)だったであろう 30 代とかの人間が "自分で" ハロウィン的なイベントを楽しんでいるという事実が気持ち悪いのだと気付きました.僕らの世代は,クリスマスやバレンタインデイ,そしてハロウィンであっても,を楽しむ側じゃなくて,子供たちにそれらのイベントを楽しませる側なんじゃないのだろうか,と思うわけです.
(註: https://twitter.com/ryhrt/status/528373074547068928 )
例えば,自分の子供に仮装させたり,ジャッコランタンを作らせたり,お菓子をあげたりだとか,町内会でハロウィンイベントを企画して,子供たちが地域の家々を訪問して,お菓子を貰って廻ることで地域の密着度を上げるだとか,商店街で子供の客にちょっとしたお菓子を配るだとか,大人はそういうものを企画する側なんじゃないのか,と .少なくとも,ドヤ顔で仮装して出社したりする姿をドヤ顔で SNS に載っけたりとか,公共の場を占拠して官憲の手を煩わせたり,無関係の一般人に迷惑をかけたりとか,そういうバカなことを「これもひとつの文化交流だから」みたいな大義名分の元でスルーするのは,最終的に「ハロウィン的なイベントを日本に馴化して定着させる」ことを阻害しているだけにしか思えません.
2014年10月26日日曜日
2014年10月25日土曜日
流動的
情報のシャワーの価値は認めなくもないのですが,自分の情報処理能力と,自分自身の流動性と,特有の余分なものの多さと,存在する必然性の喪失と,感情の絡んだ個の連続性とか波の妥結点として見るのをやめてみたら快適だったという話です.
たぶん,そのうち,アカウントも消すか,または,復活させるかもしれない.
たぶん,そのうち,アカウントも消すか,または,復活させるかもしれない.
2014年10月5日日曜日
天才の仕事
「ニッケルオデオン(青)」 道満晴明
道満先生のショートマンガ集,ニッケルオデオンのシリーズ最終巻.作品の素晴らしさは言うまでもないのだが,なによりも,またしばらく道満先生のショートマンガがコンスタントに読めなくなってしまうという喪失感が強い.道満先生は,日本の全ての作家と呼ばれる存在の中での最高峰だと思う.
既刊である(赤)(青)では,一般紙であるためか,やや性的な表現やグロテスクな表現,死の臭いを感じさせる表現などが,やや抑え気味という印象を受けたが,連載終了に向けて加速したためなのか,その辺りの自主規制をやや解放気味にしたような話が見受けられ,「性本能と水爆戦」シリーズのテイストに似た雰囲気をもつ話が多い印象を受ける.僕自身は,道満先生の作品が掲載されているからという理由だけで(何しろ,ワニマガジンは単行本化がてきとーなので)快楽天を定期購読していた程度の道満先生のファンなので,規制されるようなヤバい臭いの中に現れる瞬間的な悲哀とか美とか,そういうキラキラドロドロとした欠片を無機質な棒人間のような絵柄の人間たちを使ってクッキリと切り取ってしまうような作品群が堪らなく愛おしく感じてしまうのだ.
(青)の中では,チーコとウロフィリアとナルナとうたかたの日々が際立って良かった.積めない方程式は,「醜悪な巨大ロボットと花」的なものの翻案で,やや狙い過ぎの感があったけれど,単行本だけにつく二段オチの二段目がちょっと好きだった.特にチーコはいかにも道満先生的で,頭のネジが吹っ飛んだ女の子とそれを愛してしまった男の子のディープラヴで素敵でした.道満先生の描く頭のネジの外れちゃった女の子は,どうしてこうも魅力的で心をザワザワさせるんだろうか…….ナルナの欠損娘ちゃんも,やっぱり,どこかネジが吹っ飛んでいてよかった.
日本というごちゃ混ぜのるつぼみたいな文化の中の更に混沌のサブカルチャーの中だからこそ生まれてきた道満晴明先生の作品群は,だからこそ無二で,キラキラと輝いていて,この小さな火が消えることなく,またどこかでショートマンガを書ける場を得て欲しいと思います.
道満先生のショートマンガ集,ニッケルオデオンのシリーズ最終巻.作品の素晴らしさは言うまでもないのだが,なによりも,またしばらく道満先生のショートマンガがコンスタントに読めなくなってしまうという喪失感が強い.道満先生は,日本の全ての作家と呼ばれる存在の中での最高峰だと思う.
既刊である(赤)(青)では,一般紙であるためか,やや性的な表現やグロテスクな表現,死の臭いを感じさせる表現などが,やや抑え気味という印象を受けたが,連載終了に向けて加速したためなのか,その辺りの自主規制をやや解放気味にしたような話が見受けられ,「性本能と水爆戦」シリーズのテイストに似た雰囲気をもつ話が多い印象を受ける.僕自身は,道満先生の作品が掲載されているからという理由だけで(何しろ,ワニマガジンは単行本化がてきとーなので)快楽天を定期購読していた程度の道満先生のファンなので,規制されるようなヤバい臭いの中に現れる瞬間的な悲哀とか美とか,そういうキラキラドロドロとした欠片を無機質な棒人間のような絵柄の人間たちを使ってクッキリと切り取ってしまうような作品群が堪らなく愛おしく感じてしまうのだ.
(青)の中では,チーコとウロフィリアとナルナとうたかたの日々が際立って良かった.積めない方程式は,「醜悪な巨大ロボットと花」的なものの翻案で,やや狙い過ぎの感があったけれど,単行本だけにつく二段オチの二段目がちょっと好きだった.特にチーコはいかにも道満先生的で,頭のネジが吹っ飛んだ女の子とそれを愛してしまった男の子のディープラヴで素敵でした.道満先生の描く頭のネジの外れちゃった女の子は,どうしてこうも魅力的で心をザワザワさせるんだろうか…….ナルナの欠損娘ちゃんも,やっぱり,どこかネジが吹っ飛んでいてよかった.
日本というごちゃ混ぜのるつぼみたいな文化の中の更に混沌のサブカルチャーの中だからこそ生まれてきた道満晴明先生の作品群は,だからこそ無二で,キラキラと輝いていて,この小さな火が消えることなく,またどこかでショートマンガを書ける場を得て欲しいと思います.
2014年10月2日木曜日
鹿児島
学会(という名の観光という名の「咲」の聖地巡礼)で鹿児島行ってきたときの写真.
詳細は→ 1, 2, 3, 4
……というわけで,来年の某地質学会は信州大会なので,学会兼「咲」の聖地巡礼ツアーがとうとう本丸・長野に突入です!
詳細は→ 1, 2, 3, 4
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| 火山灰を集めるための袋.「克灰袋」.噂には聞いていたものの実物を見ると感慨が. |
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| 天文館の「むじゃき」の店頭 |
| 鹿児島と言えば白熊.うまかった. |
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| 日常的に火山灰が降っている |
| きびなご |
| 桜島!鹿児島港からフェリー(バス感覚)で渡ります. |
| 桜島にある恐竜公園(謎) |
| 桜島(南側から) |
| 黒糖.喜界島の黒糖がなかったので購入はしない |
| 桜島(大隅側から).黒いのは噴煙 |
| 大正噴火で埋もれたという鳥居……のパチもん |
| そんなパチもんを展示しているどこからどう見ても怪しい店 |
| 大正の噴火で 2 m 以上積もったという火山灰に埋もれた鳥居(本物) |
| 霧島神宮(「咲」の聖地巡礼).姫様どこー? |
| 姫様とはるると巴ちゃんを捜しつつ |
| 姫様が降ろす九面の方々 |
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| 九面の方々全員集合 |
……というわけで,来年の某地質学会は信州大会なので,学会兼「咲」の聖地巡礼ツアーがとうとう本丸・長野に突入です!
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