2014年11月1日土曜日

過渡期の違和感

昨日,学会終わりに弘前の街中を散歩していたら,妙なコスプレ(猫耳付けてたり,小悪魔的な触覚としっぽを付けてたり,顔にペイントしてたり)をした女子高生を大量に見かけて,「弘前はコスプレ JK の聖地だったのか!」とあやうく移住を決意して弘前大学の公募情報を漁ってしまったりしたのですが,冷静に考えてみるとそんなことはあるわけもなく,ハロウィンの催しが行われていただけだったようです.

ハロウィンと聞くと,僕くらいの世代だと ブギーマンが惨殺しまくるか,カイ・ハンセンかマイケル・キスクがネオクラシカルな音の洪水の中でシャウトしているか,サキュバスコスをした淫乱な女の子が「Trick or treat?」とか言ってお菓子をあげないと精液を搾り取られる的なエロマンガの印象しかなく,云われも伝統も実のところ知らない人が多いように思います.実際,海外でも,収穫祭的な雰囲気は残りつつも,ジャッコランタンを飾ったり,子供たちがお菓子をねだり歩くという民間行事のようなものであって,云われもなにもよくわからないまま,形だけが残っているものだという話も良く聞きます.

そんなハロウィンですが,ここ数年,日本でもお祭りとして定着させよう(そしてあわよくば儲けよう)という風潮が散見されます.昨日の報道によると,渋谷では警官が出動し,警備が行われる程度に大きな騒ぎがあったようです(逮捕者が出たとか,そんな報道も見ました).

まぁ,古くからクリスマス,バレンタインデイのように海外のイベントを輸入してきて,よくわからないイベントに昇華してきた歴史が日本にはあるわけで(挙げ句にはホワイトデイなどというどこにも存在しなかったイベントを捏ち上げたり),そのひとつとして今度はハロウィンが取り上げられた,という経緯はよくわかりますし,それ自体はそういうものなのだろうと理解は出来ます.また,幼稚園のイベントとかで,「よくわからないけれどお菓子が貰えるから」という理由で手作り感溢れるお化けの格好をして「とりっくおあとりーと!」なんてやっている子供たちの姿は微笑ましいとも思います.

でも,いま現在の状況の,この違和感はなんだろう?

クリスマスとかバレンタインデイは,僕が生まれた頃には既にそこにあるものだったから,違和感を覚えるまでもなかったのかもしれないし,ハロウィンもいずれは違和感なく日本の中に取り込まれていくのかもしれないのだけれど,やっぱり,なんか妙な気分を感じざるを得ません.

たぶん,この理由は,僕がハロウィンを経験しないままいい大人になってしまったことと,ハロウィンに馴染んだ子供たちがイベントを担っていないからなんだろうなと思います.取り敢えず,ごく一部を除いて,つい数年前までハロウィンの認識が僕程度(冒頭参照)だったであろう 30 代とかの人間が "自分で" ハロウィン的なイベントを楽しんでいるという事実が気持ち悪いのだと気付きました.僕らの世代は,クリスマスやバレンタインデイ,そしてハロウィンであっても,を楽しむ側じゃなくて,子供たちにそれらのイベントを楽しませる側なんじゃないのだろうか,と思うわけです.

(註: https://twitter.com/ryhrt/status/528373074547068928

例えば,自分の子供に仮装させたり,ジャッコランタンを作らせたり,お菓子をあげたりだとか,町内会でハロウィンイベントを企画して,子供たちが地域の家々を訪問して,お菓子を貰って廻ることで地域の密着度を上げるだとか,商店街で子供の客にちょっとしたお菓子を配るだとか,大人はそういうものを企画する側なんじゃないのか,と .少なくとも,ドヤ顔で仮装して出社したりする姿をドヤ顔で SNS に載っけたりとか,公共の場を占拠して官憲の手を煩わせたり,無関係の一般人に迷惑をかけたりとか,そういうバカなことを「これもひとつの文化交流だから」みたいな大義名分の元でスルーするのは,最終的に「ハロウィン的なイベントを日本に馴化して定着させる」ことを阻害しているだけにしか思えません.

いま,ハロウィンだとかなんとかよくわからずに「とりっくおあとりーと!」と叫んでいる子供たちが,ある程度の年になって,その子供たちに日本的に馴化したハロウィンを楽しませるくらいの時代になったら(ハロウィンで盛り上がることに慣れているであろう,いまの中高生が子供を作る頃と考えて,10 年後くらい?),こんな違和感はなくなるんだろうけれど,過渡期のいま,特に,バカな,いい年をした大人が騒いでいる姿は,なんとも見苦しいものだと思ったのでした.