もちろん,一人で!
そして,その週のうちに二回目もみてきた.今度は後輩とだけど.
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なお,敢えて初日に行ったのは,基本的にアニメ映画の公開初日の客層を眺めるのが趣味だからなのであって,特に「けいおん!」が好きだからとかではありません.断じて!
以前,同じ京都アニメーション制作のハルヒの映画を見に行ったときに,いかにもオタクといった風体の人が大部分を占めていたこと,(その日の最終上映の 1 回前だったにも関わらず)ものすごい数の客がいたことなどが印象に残っていました.そんなわけで,同じ京都アニメーション制作の "The 養豚場" である「けいおん!」の映画の初日の客層にはかなり期待していたのですが,実際,映画館に足を運んでみると,劇場がガラガラであるだけではなく,客層も萌え豚と言えそうな人(というかごく普通の成人男性)が僕くらいしかいませんでした.実際のお客さん構成としては,大部分が小学生〜中学生くらいの数人組で占められており,その中でも特に女の子の集団が多かった印象です.それに加えて,(少なくとも見た目は)ごく普通のカップルが数組と,小学生くらいの子供を連れた家族連れ(!)が数組という構成でした.もちろん,札幌と仙台という差(都市の規模,オタクの数・層など)があるとはいえ,このお客さん構成はちょっと予想外でした(ちょっと「『けいおん!』は女子供にも人気!」というデマを信じかけたくらいです).
※ただし,2 回目に行ったときは,メンズデイだったこともあり,基本的に,オタ風味の男が客のほとんどを構成していました.
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本当は,つらつらと感想を書こうかなとか思っていたのですが,時機を逸した感があるのと,普通に "いい映画" だったので,なにかを語るのは野暮かと思い,特に印象に残ったことなどをちょこちょこ書こうかと思います.
(↑などと書きながら,御託を並べていますが,反省としてこの一文は残しておきます)
(以下,ネタバレ注意)
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基本的に京都アニメーションのことはハルヒの映画の件で全く信用していませんでしたが,今回の「けいおん!」の映画は,宣伝戦略を含めて,非常によくできていたと思います.正直,京都アニメーションという会社を見直しました……(映画が始まるまでは「ベルセルクの予告編がいちばん興奮した」とかブログに書くことになるんじゃないかとか思ってた).
広報,予告編において,執拗なまでに「ロンドン」を強調することによって,「(予告編で若干ネタバレしていたとはいえ)卒業を控えた日常のなかで『天使にふれたよ!』を作っていくというストーリー展開」や「ロンドン旅行は映画の本質じゃないという映画の骨格」を見事に視聴前の観客から隠しており,その隠匿によって,映画本体での TV 放映時以上に明瞭に描かれた "The 日常" (本編では,あくまで "某かのイベントに対比する日常" しか描かれていなかった),そして「入試!」から「卒業!」まで間隙なく描くという,起伏ある物語の対局にある "平板な展開" に,ほどよい興奮と驚きが提供されていました.
そして,映画本編の執拗なまでの平板かつ連綿と続く "The 日常" を主軸とする構成は,ハルヒの映画で不評を生み出した,劇場版クラスの規模のシナリオをコントロールする構成力を持たないという京都アニメーションの制作体勢の欠点をいい方向に働かせており,短いエピソード(TV 放映時の 1 話程度に相当)を癒着させて長時間のシナリオを構成するという,本来の「劇場版スケール」の表現方法としてはやや邪道な手法を正当化していたといえます.このような "The 日常" な展開を際立たせていたのが,アニメ「日常」において,散々に揶揄されていた簡素なキャラクターやシュールなギャグ展開に不相応な背景描写,人物行動描写の数々の "リアルさ" だったあたりが,京都アニメーションという会社のトライアンドエラーが正常に機能していることを感じさせてくれます(単に偶然うまくハマっただけかもしれませんが……).このように "The 日常" を引き立たせていた "リアル" な描写は,映画の中に数限りなく散りばめられていました.具体例を挙げるのも億劫ですが,個人的にとても印象に残ったシーンとして「あずにゃんに『なにか』をしたいことを憂に相談する唯がミカンを弄ぶシーン」と「寿司屋でキーボードのなかったムギちゃんが必死のボディーランゲージでキーボードを用意してもらうシーン(後ろからボディーランゲージを眺めていて左記の内容が理解できるレベルまで動きを表現している)」と「唯のノートに書かれた『天使にふれたよ』の歌詞を覗きみてしまってもじもじしている憂ちゃん」の 3 つを挙げておきます.
さらに,この映画の高評価ポイントとして紛れのない「けいおん!」の映画であった,ということが挙げられます.
当初,予告編を眺めていた頃に抱いていた「ロンドンというあまりにもエピソーディックなイベントを映画にしてしまうと,むしろ,『けいおん!』の映画としてコケるんじゃないか?」という杞憂を鑑賞開始から数分ですべて吹き飛ばしてくれました.「ダラダラとした空想的な日常」を描く「けいおん!」という作品には,たとえ,それが映画であっても波瀾万丈な展開などは求められていなくて,「ダラダラとした空想的な日常」と「映画的なちょっとしたサプライズ」程度のエッセンスが求められているということを,制作側がよく見失わなかったな,と思います.ハリウッドアクションを見に行った客が,こてこてのハリウッドアクションに不満を漏らすことがないように,「けいおん!」の映画を見に来た客が「いつもの『けいおん!』のダラダラとした空想的日常」に不満を漏らすわけがないのです.
(以下,個別の感想が続く)
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……こんなに語るつもりはなかったんだけれど,気が付いたら,気持ち悪い言葉をつらつらと並べていた……orz
ちょっと長くなったので,映画の印象に残ったところとか,楽曲のこととか,そういうのは次回の更新にまわします.