2013年12月29日日曜日

2013 年

はい.毎年恒例の「一年を振り返って」です.

相変わらず,この日記は,日記を名乗っているにもかかわらず,日記としての機能を果たしていないので,非常に優秀なタイムログであるところの twitter を眺めながら振り返ります.

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1 月:なんか,卒論書いてた.あと自分の撤収で忙殺されていた.そして,就職がらみの書類書いたりなんだり.
2 月:「辞める」という事実を前にして居ることと,目の前の残務の膨大さにハイアンドローを繰り返す日々でした.まぁ,こんな感じ.
3 月:膨大な残務の処理のストレスを「ARIA」で癒す日々.この時期,本当に,「ARIA」を見ていなかったらストレスで死んでた気がする.この想い出とともに,「ARIA」は,俺の中の至高のアニメリスト入り(ほかのリスト入りアニメは「かみちゅ!」とか「とらドラ!」とか「電脳コイル」とか).あと,就職後の住居が決まらなくて 2 回くらい仙台-札幌間を往復するはめに…….
4 月:就職.しかし,就職先が研究機関なため,なんか色々と拍子抜けをする.あと,札幌寒過ぎと思っていた.職場では,半分くらいは新人研修だったり,某機関へ研究申請書類を出したり,自己紹介的な発表をしたりしていた気がします.まぁ,その時期には,こんな感じでした.
5 月:職場にだいぶ慣れた気がします.出張とか行きはじめたし.
6 月:NTR 研の札幌出張所として機能し始めたり,出張が多くなってきたり,新しい自分の研究テーマを模索しはじめたり,こんなこと思ったり.このころには,ある程度,仕事をするという生活のリズムは掴めるようになっていたと思う.
7 月:出張の想い出しかないかもしれない.
8 月:出張行ったり,自分の調査に行ったり,アドバイザリーボードの仕事をしたり,師匠に論文をせっつかれたり.
9 月:出張行って,後輩の結婚式に出席して(青森),出張行って,地質学会で仙台に顔を出して,出張に行ったら,一月経っていた.
10 月:前半は出張でつぶれて,後半はいろいろ仕事も振ってもらえるようになってきた.あと,この月から正式採用に(試用期間の半年修了).旭川で大雪に見舞われたのもこの月だったような.
11 月:冬になる前の駆け込み出張がいくつか.いろいろ,貴重な現場の見学なんかもいくつか行った.
12 月:師走.この時期が忙しいのは例年通り.とりあえず,就職した年は終わっていくのでした.

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それでは,みなさま,良いお年を.

2013年12月23日月曜日

年は暮れ行く

今年もあと一週間となりました.

短かったような長かったような.まぁ,まだ,今年を振り返るのははやいかなと思いますので,それはまた,別の機会に.

取り敢えず,今週中に,今年購入した本とか,今年見たアニメとかのまとめをしておこうかと思います.今日は,色々疲れたのでしませんが.

2013年11月29日金曜日

三年振り

ゆーきやこんこ あられやこんこ♪

……そんなわけで,とうとう,北海道の冬が本格的にはじまってしまったのでした.実に,三年振りの北海道の冬です.雪なのです.

仙台も,まぁ,寒い土地ではありましたが,基本的に雪が降ることがないので,それは,まぁ,お気楽な冬を過ごせていたのですが,札幌は,(最近,温暖化で冬期の平均気温が上がってきているといっても)この雪の量が大変です.自転車も乗れなくなりますしね.

今年は,雪が遅いなぁ,などと油断していたら,この有様です.まぁ,今月のはじめ頃にもどか雪はあったようですが,そのときは,道東の某所に出張に出ていて,難を逃れたので,本格的な雪は,今回が今年初です(その前に,旭川で一回吹雪を食らっていますが……).

初冬は,日が短いし,寒いし,枯れ木が目立つので,気分が落ち込みがちになりますが,雪が積もる時期になると,明暗のクッキリしたモノトーンが広がるので,いくらか明るい気分になるものです.

2013年11月24日日曜日

冬の始まりは

サン=テグジュペリが読みたくなる.

初雪から雪が路面に根付くまでの短い期間.秋の落ち葉が乾燥して,冷たい風に舞う頃.朝の清廉な空気が肺腑を凍てつかせない頃.

なんとなく,昔からの習慣で,季節に応じて読みたくなる本や作家がいるのですが,初冬の頃には,何故かサン=テグジュペリが読みたくなります.「夜間飛行」,「人間の土地」,「南方郵便機」,「戦う操縦士」…….「星の王子様」は,狙い過ぎなので,あんまり好きではありません.

例年,一冊,この時期に読み直しているわけですが,今年は何にしようかなと,本棚を漁っています.何となく,「南方郵便機」かな,とか.

2013年11月10日日曜日

非公式ウェブサイト

ひこうしきなーらーでーきることー♪(「わたしにできること」のサビのメロディで)

……ということで,かねてから制作はしていたけれど,公開には至っていなかった自分の非公式ウェブサイトを公開まで持っていきました.この時期に,敢えて作りたくなった理由とか,「非公式」をうたう理由とかは色々とあるのですが,色々とあり過ぎて,自分でもうまく整理できていないし,整理しなくていいと思うので,書きません.

まぁ,そのうち,飽きてろくに更新しなくなる可能性が高いですが,ちょこちょこと記事を増やしていこうかなとは考えているので,ときどき,覗いてみて下さいね.

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なお,この日記にて,このサイトのことを扱うのは,これが最後だと思います.気が向いたら,更新した記事のリンクを貼るかも知れませんが……

2013年11月5日火曜日

サロマ湖の変化,続報

以前,この日記で「『サロマ湖の変化』という小学校の教科書に載っていた説明文が読みたい」という内容の記事を書いたのを覚えている方が居るかどうかは分かりませんが,いくらか反響があったので,続報を.

前回,日記でこの件を触れた後,様々な情報を頂いて,大きい図書館で昔の教科書を探して自分でコピーしてくるしかない,という結論に落ち着いていたのでした.そして,(忙しかったので)特に図書館に行くこともせず,この件は,そのまま放置していたのでした.結局,サロマ湖周辺の地質調査の仕事も一段落ついてしまったので,今日まで,この件に関して思い出すこともなかったわけです.反省してまーす.

で,今日,上記のサロマ湖周辺の地質調査に関する仕事の関係というか,報告書以上論文未満というか,論文にできたらいいなぁ,程度のまとめを考えていて,資料をまとめている過程で,「サロマ湖の変化」の元ネタになったと思われる文献を,偶然にも発見したので,ご報告いたします.

尾崎晃,1972,サロマ湖の湖口水路形成に関する考察,北海道大學工學部研究報告,155-171.
( http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/41144/4/68(1)_155-172.pdf )

……なんと,意外にも「サロマ湖の変化」の著者である湊先生の研究成果というわけではなかったのですね…….サロマ湖の第四紀の地史部分に引用されている研究も,湊先生のものではないようですし(とはいえ,当時の理学部地鉱の人の研究なので,湊先生がその件に関して知らなかったということもないのでしょうけれど),あの随想は,レビューだったのですね.

……とりあえず,これでこの件をしっかり思い出したので,今週末あたりに図書館に行ってこようかなと思っております…….

2013年10月27日日曜日

まどかマギカ

映画を見てきました(昨日).

……しかし,視聴時に絶望的な勘違いをしてしまっていたせいで,本来受けるべき印象を殺してしまったような気がしてなりません(何故だか,二本立ての「前編」だと思い込んで見てしまっていました.ラストも続きを予感させるような形だったので,視聴後もその思い込みは消えなかったのです.パンフレットを読んではじめて気付いたというオチ).

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映画は,とても面白かったです.ラストには賛否両論あるらしいですが,僕は大好きでした.まぁ,結局,「本編」から続く「すれ違い」は,永遠のものになったのだなぁ,という感慨はありましたが,ガチレズの想いはノンケには永久に届かないっていう百合ものは大好物なので,あのラストでこそできた満足ですw (いや,あのラストがそういうラストだと思っているわけではありませんがw)

このアニメって,結局,「すれ違い続ける二人」を描ききることがテーマだったのかなぁ,と思います.みんな,二次創作とか身勝手な考察とかで勘違いしがちだけど,「本編」のラストって,まどかの(言ってしまえば)身勝手な「アガペー」で(まぁ,神なんて身勝手なものですしおすし),まどかが全てとの縁を切る選択をしたってことになるわけで,実は「ほむらと分かりあえた」って描写はないわけです.ほむらが自分でも数えきれなくなるくらい,一人の普通の少女をまど神(まぁ,分かりやすいので敢えてこの表現を使います)に昇華させるくらい,世界を渡り歩いてきたという事実を目にしたまどかの放つ「ほむらちゃんは最高の友達」という言葉の残酷さが,(映画を見終わったからこそ)引き立つというものです.(「本編」視聴時も)明らかに,一人の少女を助けるために無限ループに身を落とした「感情(それを愛という単純な言葉に入れ籠んでもいいんだけど)」と「最高の友達」との間の埋め難い距離感があったことは明らかで,まど神様は「ほむらちゃんならきっと覚えているよ」なんて,自分の存在や記憶の継承まで「人任せ」なわけです.これって,(ほむらにとっては)非情な言葉だと思います.少なくとも,結局,「まどかを助ける(=非日常に招かない)」願いを果たせないまま自らのうちに芽生えていたであろう無数の感情を無理矢理に押し込めて納得(結果的に,していなかったわけだけどw)させたほむらには残酷極まりないものです.こんなまどかにちょっと似ているのが,マンガ版ナウシカの身勝手(確信犯)で「墓所」を破壊するシーンw

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映画の内容については,多くの人は,ほとんど想定外という展開はなかったと思います(世界の終末を語る早乙女先生とか,「本編」同様,無茶ぶられる中沢くんとか,「ケーキはさやか?」「ちーがーう♪」とか,さやかちゃんの変身シーンのブレイクダンスとか,ひとみの生首とか,さやかがナチュラルに魔女姿に可変とか,\\\\わけがわからないよ//// [大合唱] とか,のシーンの数々は想定外過ぎて劇場で噴きましたがwww).この作品は,話題になり過ぎて,無数の考察や二次創作が溢れた結果,ラスト間近の笑劇のシーンですら,「変態ほむらさんが,円環の理の瞬間を待って,まどかを現実世界に引き戻してペロペロ」みたいな二次創作をいくつか見た記憶がある程ですw そもそも,「本編」で唯一の「魔女がいた世界」の人間であり,まどかが神になれるだけの量の「業」を同じだけ溜め込んだ存在としてのほむらをどう昇華させるのか,という解決策はそう多くのアイディアがあるとは思えません.悪魔を自称しはじめたのは流石に笑いましたがw

あと,いい意味で二次創作(公式,非公式)で一人歩きしたイメージを上手く取り込んだファンムービーにもなっていたことには,素直に感心しました.例えば,いちばん目立つ部分で,マミさんとべべ(シャルちゃん)のカップリングとか,さやかがまど神のお手伝いとか,細かいネタは無数に散りばめられていたと思いますが,(どこまで意図していたかは置いておいて)ファンにサービスを,という部分は,凄く熱く伝わってきました.そもそも,あの五人が仲良く敵と戦っているっていう,多くのファンがいちばん見たかったであろう姿をほむらの妄想として(←ここ重要)描いたっていうのは,ほむらの想いを描く方法としてもファンサービスとしても煌めいていたと思います.

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(明らかなアガペーの体現者であるまどかに対して)悪魔ほむらちゃがエロースだと思うのは,まどかの精神の一部,それも肉体を持っていたときの部分だけを手に入れて満足していることからも明らかだと思います.ようは,彼女はまどかの精神性(の大部分)はいらないわけで,アレを友愛の延長というのは無理があると思うのです(自分の世界の中に作った「まどか」に自分の思い込み [本当は神様になんてなりとうなかった!] を語らせているあたりのヤミ具合とか).そもそも,イヤカフが素敵な艶姿も嫌が応にも「情欲」を意識させるものですし,なにより全てが(声も!)エロかったからです!

そんな風にまどかの肉を手に入れた悪魔ほむらちゃが,最後に身を投げた(ように見える)のは,すべての感情を描かないことでラストに素晴らしい余韻を残していたと思います.あれは,「自分に怯えるまどかをみて根本的な『すれ違い』に気付いてしまった」と解釈しようが,「結局,まどかを手に入れられなかった悔い」と解釈しようが,「自分の間違いに気付いた」と解釈しようが,「全てが叶った幸福のうちに死を選んだ」と解釈しようが,美しく解釈されればそれでいいのだろうと思います.個人的には,「私はまどかをこんなに愛していたのに,まどかの愛は私の愛と違ったのね.でも,私が死んで永久に私の作った世界でまどかは永遠に私のいない私の中で一人,生きていくの.ウフフ」と勝手に解釈します.ノンケに受け入れられなくて絶望するレズおいしいです(^p^)

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インキュベーターさんが,科学者の鑑過ぎて,マジで尊敬しそうになりました.ほむらの戯言から「円環の理」を理解できるかもしれないという発想力,そのためにソウルジェムを物理干渉から隔離して,円環の理を観測しようとする実験アイディアとその実行,観測ができれば干渉ができるかもしれない,干渉ができれば制御できるかもしれないという揺るぎない信念と,宇宙の維持という己の目的に純粋な精神,感情の力を目撃した瞬間に「これを扱うのは危険すぎる」と即座に判断できる才覚,自分の理解できない現象に関して「わけがわからないよ」と認められる率直さ,それでも,なんでもボロボロになりながらも最後の瞬間まで観測を続ける根性……素敵すぎます.ベェさん,マジパネェっす.

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とにかく,面白い映画でした.